
ITを学んだ若者が林業へ。北山村で始まる時代を見据えた新しい挑戦
紀伊半島の最東部に位置する北山村。
和歌山県でありながら、三重県と奈良県に囲まれた、日本でも唯一の飛び地の村です。
良質な木に恵まれたこの地は、古くから林業の村として栄えてきました。
現在では過疎化が進む人口およそ400人の村で、いま一人の若者が新しい風を吹かせています。
令和7年4月新卒で北山村森林組合に入職した松本桂明さん。
和歌山工業高等専門学校を卒業後、豊橋技術科学大学で知能機械工学を専攻しました。
いわゆる情報技術の最先端を学んできた彼が、林業の世界に飛び込んだ理由とは。
鋭い洞察力と、これまで培ってきた技術を生かしながら、林業の事務現場が抱える課題に向き合っています。その挑戦について、お話を伺いました。
AIの時代、自分の役割とは何か。自問自答の末に選んだ林業の道
もしAIがまったく発展していない状態であれば、システムエンジニアになっていたという松本さん。大学時代の取り組みで、自分以外のチームメンバーの役割をAIで代替してみたところ、その方がやりやすいと感じました。そんな中で、自分が必要とされる理由とは何なのか。その問いに答えを見い出せず、松本さんは「別の業界に進もう」と決意しました。
その中でもあえて林業を選んだ背景には、林業に携わる父と、かつて林業に就いていた祖父の存在がありました。
「父を通じて業界へのパイプもあり、いろいろな話も聞けるので、そのアドバンテージを生かした方がいいのではないかと思いました」
こうして松本さんは、林業の道へ進むことになりました。
林業事務とITの高い親和性。思っていたよりも活かせるITの知識
数ある働き先の中で、北山村森林組合を選んだのは、「事務としての能力を生かせる場所で働きたい」と考えたからでした。
「自分は実際に山に入って木を切るという現場力はかなり低いと思っています。正直、戦力外かと」と話す松本さん。自分の特性を理解し、求められている場所で役割を果たすことが大切だと感じているそうです。

「ここではやりたいことをやらせてもらっています」と言う松本さんのデスクには、3枚のモニターが設置されています。これらを駆使し、ITの技術を取り入れながら事務作業に取り組んでいます。就職前にお父様からも話を聞いていたそうですが、実際の現場は想像していた通り、FAXが今も使われているなど、ITがまだ十分に浸透していない分野でもありました。
「パソコン上ではAIエージェントが私の代わりに仕事をしてくれて、今日やるべきことを教えてくれたり、資料をまとめてくれたりしています。思ったよりITと林業事務の親和性が高かったのは、良かった点です」
現在の林業は構造的な問題を抱えており、補助金がなければ立ち行かないのが現状だといいます。補助金を受けるためには、さまざまな規則や様式を確認しながら大量の書類を作成する必要があり、その点が大きな負担になっています。こうした作業も、AIの力と組み合わせることで、時間短縮や効率化につながるだけでなく、自分の実力以上の成果を生み出すこともできると松本さんはいいます。
「将来的には、AIがもう少し自立して、パソコンに常駐しながら、話しかけるだけでいろいろなことをやってくれるようになると思います。それまでの“つなぎ役”として、AIのことを理解している人間が間に入ることで、今はうまく役割分担ができているのかなと思っています」

適性を見据えたうえで、林業の世界へ
人手不足や離職率の高さなど、多くの課題を抱えている林業。松本さんが学生時代、「林業をやる」と話したときには、「マジかよ、正気か」といった反応もあったそうです。そんな松本さんに、林業に興味がある人へのメッセージを尋ねると、次のように語りました。
「僕の個人的な考えで、決して正解ではないと思いますが、適性がない人は山に入るべきではないと思っています。林業は、生死にも関わる危険な仕事でもあるからです。難しい問題ですが、やはり自分の適性と向き合ったうえで決めることが大切なのではないかと思います」
田辺市龍神村の山間部で生まれ育った松本さん。山の厳しさとも向き合ってきたからこそ語られるその言葉には、強い説得力がありました。和歌山県農林大学校など、専門的に学べる場で経験を積んだうえで、それでも「林業をやりたい」と思えたなら、むしろ多くの人にこの世界に来てもらえたらうれしいと話します。
また、自らを「ひきこもり」と言う松本さんに、北山村での暮らしについても教えてもらいました。
「今は田舎でもかなり生活しやすくなっていると思います。僕、1ヶ月村から全く出ないこともザラですが、ネットでポチッとすればゲームもご飯も届くし、ひきこもり気質でも楽しく生活できています」
休日には、業務で活用できるマップのアプリ開発にも取り組んでいるとのこと。もう少しブラッシュアップしたら無料で公開し、県内はじめ、全国の林業の現場で活用してもらえるようになるとうれしいと話します。
一方で、山を歩きながら景色の美しい場所の写真を撮ることも楽しみにしているという松本さん。いつかその写真を100枚集め、「北山百景」として冊子にまとめて配布したいと語ってくれました。


時代の変化を見据え、林業の根本的な課題を捉えながら、自身の特性や技術を生かして事務現場を支える松本さん。
北山村から吹く新たな風が、林業の未来に新しい可能性を運んでいるように感じました。





